《ルートの説明》
高田神社は、平将門の乱を平定すべく、朱雀天皇の命により、承平年間(931-937)に熊野大社の分霊を勧請し、祀られたものです。
その後、寛治年間に勅願所となり、東条庄第一の総鎮守として崇敬されたといいます。
神社の場所は、小野川沿いの台地の上にあり、私が霞ヶ浦への行き帰りに良く使う小野川ルートから、僅かに外れるだけで、到達で
きます。


若草大橋から新利根川に出ました。万歳橋からふれあい橋まで川の側道を行きます。

ここは、ふれあい橋と轟橋(破竹川)のあいだ。広々と田が続きます。

轟橋から破竹川上流方向。風もなく、水面が鏡のようです。

高田神社に着きました。R107に面した一の鳥居は、変った形をしています。

一の鳥居からの参道は、杉の巨木が立ち並び、荘厳な雰囲気です。

二の鳥居を過ぎると、開けた空間となり、拝殿が見えてきます。

拝殿の後ろに本殿があるという、権現造の社殿です。残念なことに、平成2年に焼失し、現在の
社殿は平成9年に再建されたものです。

後ろに回り、本殿側から撮ってみました。ところで、神社創建にあたり、13人の供僧も、この地に
来住したそうです。彼らの子孫が今もこの地にいるとか.。戦乱は多くの人の人生を狂わせました。

田んぼの中に、トトロみたいな木立があります。地図によると、姫宮という祠があるようなので
立ち寄ってみました。

ネットで色々調べましたが、この神社の由来は分りませんでした。同じ稲敷市の浮島に姫宮神社
(231220)があるので、そこと何か関係があるのかもしれませんね。

これは小野川沿いを戻るとき、必ず撮るアングルです。白い建物(砂利プラント?)が中世の城塞
のように私には見えます。

これは若草大橋近くで撮ったタチアオイです。遠景は利根川の土手です。

だいぶ家に近づきました。成田線を渡り、小林小学校下の坂を登り切った所の花畑です。花は
おそらく、アメリカナデシコかと。