《ルートの説明》

御成街道(正確には東金御成街道)を御存じでしょうか。徳川家康が鷹狩目的で、慶長19年(1614)から元和元年(1615)

までの数か月で作らせたという直線基調の街道です。私は過去4回、御成街道を走っています。(171203, 171207, 171214

240910)。街道の起点と終点、及び中間部に家康は宿泊所を作っています。起点は船橋御殿、中間部はお茶屋御殿、終点

には東金御殿です。

今回行った船橋東照宮は、船橋御殿が廃止になった後に、その跡地に造られたものです。昔、ここに船橋御殿があったの

だ、と想像するよすがにと、お参りして来ました。なお、ここは日本で一番小さい東照宮と言われています。

R190の「キリスト教大学西側」交差点から神崎川に下っていく長い坂です。

 

神崎川はすぐに新川に合流します。新川と言えばカンナの花でしょう。

 

やちよ道の駅から桑納川谷津道に入ります。船橋方面および都内方面も、この

道を辿ります。

 

途中、やぎの牧場がありました。

 

やちよ道の駅から桑納川左岸を来ますが、前方にR57が見えて来たら、この水神橋

で右岸に渡ります。

 

水流沿いの道は、やがて住宅地に入ります。そこから左折して写真の道に入るの

ですが、地図に詳細は描ききれません。道の先のビルは千葉徳洲会病院です。

 

徳洲会病院前の「高根台二丁目」交差点から”ときめ木ロード”に出ます。この写真

は、ときめ木ロードを左折して大神宮通りに入ったところです。

 

船橋東照宮は、百日紅の咲く狭い路地の突き当りにあります。昔、このあたりは

船橋御殿の敷地内だった所です。

 

船橋東照宮に着きました。

 

安政4年(1857)に再建された社殿です。

 

境内は、狭いながらも、きちんと整備されている印象です。

 

参道の傍らに、三猿(見ざる、言わざる、聞かざる)が置かれていました。なお、この

御成街道起点の訪問をもって、一連の私の御成街道巡礼は完結しました。