《ルートの説明》
陸平(おかだいら)貝塚には2020年に行ったことがあります。その時は、江戸崎の干拓地に飛来するオオヒシクイという大形の鳥を見
るのが主で、貝塚は、ついでに立ち寄ったという位置づけでした。今回は、貝塚のみを目的として行ってきました。
霞ケ浦の岸辺に、周囲7kmの島状台地(安中台地)があり、陸平貝塚はその台地の傾斜部にあります。今は台地ですが、縄文時代
は霞ケ浦の島でした。明治12年(1879)に、初めて日本人のみで発掘調査が行われ、ゆえに「日本考古学の原点」と呼ばれています。


良い天気です。利根川を若草大橋で渡り、新利根川を経由して、ここは破竹川にかかる轟橋
の上です。これから小野川を目指します。

ここは、もうすぐ新古渡橋というあたりです。田んぼに稲が実っているかのように見えますが、あれは
刈入れ後の二番穂です。

新古渡橋を渡り、霞が浦湖岸のサイクリングロードに入ります。 暫く走ると、高橋川河口に着き
ます。(この写真) ここでサイクリングロードを離れ、北上する車道を進みます。

前方に安中台地が見えてきました。周囲7Km。面積は3万平米とか。あれが昔は島だったのです。
そして、7千年前から3千5百年前の期間、縄文人が生活していたのです。

途中の風景。水路の右に見える道をやって来ました。

美浦村文化財センターの左側(西側)の坂を登ると、最後は砂利道となり、「国指定史跡・陸平貝塚」
という立派な石碑に到着します。平日なので、あたりは人影なく、恐いことは「イノシシが終日出没する
ので注意!」という看板がたくさんありました。

あたりは縄文人が暮らした広い草原となっており、復元された竪穴式住居が一棟ありました。

竪穴式住居の内部。中央に炉があります。

雰囲気が伝わるように、周りの広場を入れて撮ってみました。

さて再び文化財センターまで戻り、今度は右側(東側)の道を進みます。すぐに舗装路は終わり、終点は
里山交流館という建物です。無人でした。ここからイノシシに注意しながら、徒歩で進みます。

これはブクブク水と呼ばれる湧水です。縄文時代の人々の水源であったでしょう。

台地の斜面に、貝塚観察木道という階段が設けられていて、露出した貝を見ることが出来ます。

露出した縄文時代の貝殻です。