《ルートの説明》
弘経寺(ぐぎょうじ)というと、茨城県の彼岸花の名所の一つです。応永21年(1414年)の創建で、関東浄土宗の中心として、多くの学僧
を世に送った有力寺院でした。1577年、戦乱で堂宇を焼かれましたが、当時の照誉了学上人が徳川三代(家康、秀忠、家光)から帰依、
厚遇され、特に、家康の孫、千姫は弘経寺を菩提所に定め、多大な寄進をした事で、寺の再建がかなったという歴史があります。境内
には千姫の立派な墓があります。そんな歴史を踏まえて彼岸花を見ると、またひとしお趣があります。


小貝川・戸田井橋から水神岬までショートカットします。秋の渇水期で、岬の周りに水がありません。

小貝川から諏訪神社通り経由で豊水橋に来ました。この橋で鬼怒川を渡るのは初めてです。橋の
両側に歩道があるのはいいのですが、狭くて自転車のすれ違いが出来ません。どちらかの自転車
が停まって、手摺に身を寄せる必要があります。朝の通学時間で、大勢の学生が自転車でこちらに
向かってきました・・・。

豊水橋からの鬼怒川右岸は、一部を除いて、土手を走るようには出来ていません。これは土手に
出て、視界が開けたので撮影。道の延長線上の白い建物が、(株)京まろんの工場です。

京まろんを通過し、道が分岐する所に、二本の柱が立っています。弘経寺大門です。弘経寺までは
まだ1キロもあるのですが、なぜここに大門と称する柱があるのか不明です。

弘経寺に着きました。

駐車場脇の林の中が、彼岸花で埋め尽くされていました。

ほぼ満開でした。


華やか、かつ繊細さを感じさせる花です。



色の異なる彼岸花。左から、薄い黄色、白、黄色。


千姫の墓の前に置かれた花手水。水の中には三体の仏様がおられました。アップで仏様を撮ると、彼岸花が
まるで炎に見えます。火炎光背の不動明王のようですね。わが煩悩も炎で焼き尽くしてください。

これが千姫のお墓です。立派です。入口には木の扉があり、そこには葵の御紋が彫られています。

さて、帰途につきます。これは小貝川の小目沼橋。木造の沈下橋です。いつも眺めるだけで通過
しているので、今日は橋まで降りてみることにしました。

橋の巾1.5m。長さ60m。手摺なし。自転車は押して歩いたほうが良さそうですね。昭和31年の架橋
といいますから、何度も補修してきたのでしょう。