《ルートの説明》
戦国時代の最も卓越した兵法家として、塚原卜伝と上泉信綱(上泉伊勢守)の二名が挙げられます。どちらも、実際に戦場の刃の下を
潜り抜けて得た名声ですので、その戦闘能力は、疑うべくも無い、と云えるでしょう。
先週、茨城県鹿嶋に行って、塚原卜伝のお墓にお参りしてきました。すると次は、群馬県前橋市の上泉信綱の史跡訪問となるのですが、
前橋って遠いんですよね。酷暑の中を150Km走るのは自信がありません。そこで、帰りは、もちろん輪行ですが、行きも、東武野田線の
川間駅(江戸川の近く)まで約50Kmを電車で行き、サイクリングの距離を、約110Kmまで圧縮して、前橋まで行ってまいりました。


ここは江戸川の土手です。ここに限らず、利根川土手も同じですが、この季節、土手はイネ科の
セイバンモロコシ(ジョンソングラス)に覆いつくされています。きっと昔から、同じ景色だったのだ
ろうと漠然と考えていました。ところが、さにあらず。この草は1943年に千葉で初めて発見された
外来植物だったのです。地中海原産の多年草とか。1943年以前は、どんな草が土手に生えてい
たのでしょうか?

利根川サイクリングで嫌なことは、工事迂回です。今回も二か所で土手を降ろされ、下道を走らせ
られました。写真は、利根大堰を過ぎたあたり。

単調さに耐え、ひたすらペダルを踏んで、やっと坂東大橋が見えてきました。この日の天候は曇りで、
時々雨がぱらつく、といったもの。大雨が降らなかったのは何よりでした。

玉村大橋で利根川を渡ります。サイクリングロードは橋の手前で土手を降りて、河川敷を通過する
ので、橋に出られません。河川敷に降りずに橋の下を通過し、上流側から橋に登ります。

玉村大橋からR40を北上し、ここは、国指定史跡・八幡山古墳です。全長130mは、全国4位の大きさです。
4世紀の中期から後期に造られ、四角と台形を組み合わせた変った形状をしています。カメラのパノラマ
モードで写真を撮ったのですが、古墳全部は画面に入りきりませんでした。

上毛電鉄の上泉駅を通過します。

上泉町自治会館に着きました。ここは上泉城跡でもあります。上泉信綱の立像があります。新陰流
の基本「無形の位」の構えで、袋竹刀を持っています。

新しい石碑があります。「新陰流流祖生誕の地」は、2016年に建てられました。柳生新陰流二十二
代宗家で第十六代柳生家当主・柳生耕一氏の筆になります。

この像の正式名は、「新陰流開祖剣聖上泉伊勢守藤原信綱立像」です。彼はこの地で、長野業正に
従い、武田の軍勢との戦いにあけくれました。その武勇により「上野一本鎗」と讃えられました。

さて、近くの西林寺に来ました。本堂前に石造りの仁王が置かれています。上泉信綱の菩提寺
です。

本堂の左側を抜けると、上泉伊勢守之墓所という碑があり、その奥に墓があります。

お墓です。円柱状と五輪塔が並んでいますが、どっちが墓なのか、説明はありません。とりあえず、
二つをセットと考えて、拝んできました。

R3で前橋駅に向かいます。

前橋駅に着きました。これから長い電車の旅(3時間半)が始まります。