《ルートの説明》
今回の将門史跡巡りは、鬼怒川・大形橋から程近い、平将門鎌輪之宿址と、石下大橋大橋近くの西福寺にある
平将門公菩提供養之碑の見学でした。前回(240218)走って快適だった鬼怒川CRですが、今回は左岸のみを使
って走ってみました。運の悪いことに、行きも帰りも向い風で、くたびれました。


小貝川・戸田井橋からいつものショートカットルートで水神岬近くに出ます。先週は咲いていなかった
早咲きの桜が咲いていました。

水神岬から稲豊橋まで右岸。稲豊橋から左岸を行き、伊奈橋で再び右岸に渡ります。この写真
は、小貝川から離れて鬼怒川に向かう地点です。大和橋の600mくらい手前です。前方に桜並木
があります。土手を降りると、すぐに国道294の渕頭交差点です。そこから諏訪神社通りを進むと
僅か1.5Kmで鬼怒川の八間堀水門に出られます。

鬼怒川に出ました。見えている橋は豊水橋です。八間堀水門は、この写真の写っていない右側
にあります。ここ以降、整備されたサイクリングロードとなります。

「決壊の跡」の碑がありました。

サイクリングロードからの筑波山と、小さく見える豊田城。

大形橋で鬼怒川を離れ、平将門公・鎌輪之宿址(かまわのやどりあと)に着きました。中央の
巨大な石碑にその旨、刻まれています。右の横長の碑は建碑由来記です。後ろの建物は千
代川公民館です。

ここは石井営所と並ぶ将門の本拠地でした。939年に常陸国府を攻撃し、国司と詔使を鎌輪之宿
に連行、軟禁した、という記述が「将門記」に出てきます。元々ここは蛇行した鬼怒川に三方を囲ま
れた要害の地であったそうです。

石下大橋まで戻り、鐘楼門のある西福寺に来ました。寛永9年(1632)に建立された浄土宗の
お寺です。将門公供養碑は、この山門に至る参道の入口にあります。

せっかくなので境内にも入ってみました。この境内だけで88ヶ所詣りが出来るそうで、小さな祠が
並んでいました。

さて、境内を出て、平将門公菩提供養之碑にお参りします。

菩提供養之碑は梵字が刻まれた板碑です。建長5年(1253)、時の鎌倉幕府第5代執権・北条時頼が、
将門公の祭祀常ならざるを憐れみ、守護職・千葉胤宗に命じて建碑したと伝えられています。
天保年間、江戸の旗本某が碑を持ち去らんとした際、夜中、炎を吐き止まず、恐れて某は逃げ帰った。
ゆえに、この碑は、別名「炎石」と呼ぶそうです。

広々したサイクリングロードを帰途につきます。

菜の花のある風景。鬼怒川。