《ルートの説明》
女化は“おなばけ”と読みます。牛久沼の東側は標高25m前後の台地(稲敷台地)が広がり、関東ローム層で耕作に
適さず、昔は広大な原野でありました。女に化けた狐の恩返し伝説から、原野は女化原と呼ばれ、現在は原は開墾さ
れて残っていませんが、女化町、女化街道、女化神社として女化という名称が残っています。
女化神社ですが、永正6年(1509年)に京都伏見稲荷に詣でた地元の人が稲荷信仰を伝えたのが始まりと言われてい
ます。御祭神は保食神(うけもちのかみ)で、五穀豊穣のご利益があります。文化元年(1804年)の牛久一揆(6000人
規模)では女化神社がその本陣となりました。


利根川を栄橋で渡り、小貝川左岸を北上します。戸田井橋たもとを横断するのは、通勤時間帯で車が
途切れないので大変でした。

八間堀踏切を渡り、ドンキホーテ脇を過ぎ、やがて牛久沼の南端が見えてきます。

牛久沼南端から500m程で右折して、台地の裾を南東に向かう小道を進みます。道には藪椿が覆い
被さるように群生していて風情があります。台地に登って行く坂に名前が付いているのも趣があっ
ていいですね。ここは鍛冶屋坂。この次は足袋屋坂、更に大坂と続きます。大坂を登ります。

上記の小道は、やがて車道に突き当たります。左折して坂を登って行きます。「大坂・これより旧若柴宿」
という立札があります。昔の水戸街道の千住から8番目の宿駅、若柴宿がこの先にありました。

大坂を登って進むと、周囲は整備された住宅地となってきます。写真はアルドゥール(ケーキ屋)の前の道
です。路肩が広くて走り易い道です。

蛇沼公園に着きました。明るい広葉樹の林です。公園と沼は高度差があり、水辺には降りられないよう
です。蛇沼の名前の由来は分かりませんが、以前、牛久のシャトーカミヤを訪れた帰りに立ち寄った蛇
喰(じゃばみ)古墳というのも、この近くでしたから、何か蛇にちなむ伝説があるのかもしれません。

蛇沼を見下ろす展望台。

女化神社に着きました。ここは宮司の常駐する比較的大きな神社です。初詣と初午の日は大変賑わう
そうです。

稲荷なので、本殿前にいるのは狛犬ではなく子狐を連れた狐です。なお、伝説によると、命を助けられた恩返
しに男の妻となり子を成した狐は、狐であることが露見し森に去っていくのですが、その際に歌を遺しました。
(女化神社縁起より)
みどり子の 母はと問はば 女化の 原に泣く泣く 臥すと答えよ
切ない歌ですね。あやかりまして私も一首。妻に去られた男は、その後、妻を探して女化原をさまよったのでは
ないか、との私の想像です。
暗闇に 狐火燃ゆる 女化の 原行く我を 呼ぶは誰が声

2002年に再建された社殿です。新しく見えます。

本殿を飾る彫刻。稲を咥えた狐です。

鳥居の前の紅梅が僅かにほころんでいました。

帰途は、若柴公園脇から県道243号で牛久沼に出ました。国道6号手前の高架部分から牛久沼が
良く見えます。