《ルートの説明》
蓮の季節に行田を目指しましたが、途中でパンクして退却した事がありました。その後、行田に行くチャンスが無いまま、9月
も下旬 になってしまいました。今回も天候不安定(台風が日本海通過中)の中の出撃でありましたが、何とか予定のコース
を走ることが出来ました。八幡山古墳では、石室内に入るという興味深い体験が出来ました。


利根川CRの芽吹大橋の先に、通行止めの知らせがありました。下総利根大橋の前後5Km程が、今年
11月1日から来年3月31日まで、堤防工事のため通行止めになるとの予告です。この期間に関宿方向に
行く人は、江戸川CRを使いましょう。

国道4号の利根川橋が近づくと、サイクリングロードは国道の歩道に出ます。そのまま歩道を進むと、利根川
橋を渡って茨城県まで誘導されてしまいます。(4号線のトラップと呼ぶらしい)
そうではなく、歩道に出たら、歩道を下流方向にちょっと戻ります。すると、歩道と国道のすきまに、トンネルへ
下るスロープがあります(写真)。 トンネルで国道下をくぐれば、下の市街地にでられます。(地点A)

国道4号から先の利根川CRは、工事が終わったのか、どうなのか、情報がわからないので、あてにしません。
県道60号で進みます。(地点B)

県道60号で加須未来館入口交差点まで来ました。ここから先は、ちょっと遠回りにはなりますが、古利根用水路
の側道を進みます。メリットは車が来ないこと。(地点C)

用水路の側道も、東北自動車道の下を通過すると、道幅も広がり、車もやや増えてきます。東北自動車道下から
3Kmの分岐を左折し、この写真の道で羽生駅を目指します。(地点D)

橋場建機からの道は、途中で県道60号を2回横断し、東武伊勢崎線を渡り、羽生駅西口に至ります。

広大な稲田の中を横断して国道125号に向かっています。(地点E) ところで、3日前に茨城県をサイクリング
した時に稲刈は殆ど終わっていました。ところが、ここ埼玉では、稲刈はまるで始まっていません。気候の差
なんでしょうか?米の品種の差なのでしょうか?やはり埼玉だからでしょうか?

上の写真の農道から国道125号を横断しますが、中央分離帯があるので、自転車を持って横断します。その
先、わずかで、富士見工業団地の外周道に達します。左側すぐが「藤原二」交差点です。ここから団地内を西
に進みます。(地点F)

さて、長い旅路の終わりの八幡山古墳です。全長16.7mの石室が露出しています。奈良の石舞台というの
が有名ですが、それに匹敵する規模です。関東の石舞台と呼ばれます。にもかかわらず知名度が低いの
は、ここが工業団地の一角だ、という立地のせいかも知れません。写真を撮ると、工場の屋根や電柱、電
線がすぐ映り込んでしまいます。
この近くに緑豊かな、さきたま古墳公園がありますが、そこにもしも、この石室があったならば、もっと有名
になっていたのではないでしょうか。 例えば、”桜吹雪と石舞台”とか、”燃える紅葉と石舞台”とか・・・。

元々、ここには直径80mの円墳がありました。昭和9年に、近くの池の埋め立て目的で土を取り除いたところ、この
石室が現れたとのことです。石室は、前室,中室、後室の三室から成り、特に天井部には巨大な石板が用いられ
ています。
旅の果て 八幡山の 石舞台 行田の里に 古代の風吹く

石室内に入れるのは土日祝日のみです。私の訪問時、見学者は誰もいませんでした。入口から先ず、前室
(この写真)に入ります。内部は、石の隙間から光が漏れこみ、撮影できる明るさがあります。

これは中室。中央の暗い穴の先に奥室があります。天井は一枚岩ですね。

奥室は天井が高く、上すぼまりで、言わばドーム状の部屋です。外から見てもわかりませんが、内部から見ると
石材がすき間なく組み合わされいるのが良くわかります。
ところで、ここから、畿内で貴人だけが用いたという、漆と布を塗り重ねた棺の一部が出土しています。7世紀初
頭の築年からして、被葬者は、聖徳太子の舎人(側近)で、後に武蔵国造(むさしのくにのみやつこ)に任じられた
物部連兄麿(もののべのむらじえまろ)ではなかろうか、との説があります。

水城公園のホテイアオイの花が見頃と聞いて、見学にきました。見頃と言うには、やや花は少なめ・・・。

忍城。昭和63年に再建されたレプリカです。内部は郷土博物館。関東七名城の一つ。石田三成の水攻めに
耐えたことから、「浮き城」とも呼ばれました。